月夜見
 “走り梅雨”

     *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
 「卯の花っていや“おから”のことだと思ってたらば、
  違うんだってな。」

ふと、そんなことを唐突に語り始めたのは。
駆け回りやすいようにという足元の草鞋(わらじ)が、
すっかりと水を吸ってしまったのでと脱いでいて、
お膝を抱えた先に、裸足になった足元を、
何げに見やってた麦ワラの親分さんで。

 「そういう名前の花が本当にあるんだって。」
 「ほほお。」

ウチの長屋の裏店(うらだな)のご隠居がサ、
この雨はその卯の花が咲く頃に降るから
“卯の花くたし”ってんだよって教えてくれてさ。
まだまだ梅雨には入っちゃいない、
これはそれの先触れみたいなもんだって。
急に暑い日が来て、しかも続いてただろ?
あれのせいで、
雲の素(もと)ンなるお湿りがたっくさん、空には溜まってたんだって。
もう夏が来るのかなって思わせといて、
その前にくる梅雨の、前触れっつーのかな?
そんな雨が降るのは毎年のことだけど、
なのに、案外と覚えてられないもんらしくてねぇって。

 「ご隠居って、あの、凧揚げ名人の?」
 「そうだ。覚えてたんか?」
 「まぁな。」

その凧揚げの知識を繰り出し、
結構大掛かりだった とある捕り物へ、
捕り方へ加担してくださったそのおりには。
こっそりながら自分も咬んでたしなと、
何とも言わぬまま、それでも“くすす”と苦笑した雲水姿の坊様へ、

 「〜〜〜何だよ、なんか意味深だぞ。」
 「ああ済まないな、親分。」

失礼だったかなと謝りかかれば、
そうじゃねぇってのと、ますます頬を膨らませる。
朝から降り出していた雨だったので、
用意や用心がなかった訳じゃあなかったが。
雨といやの下駄をはいてちゃ、いざって時に駆け出せないしと、
結局いつもとさして変わらないいで立ちであちこち見回っていたら、
雨脚が不意に勢いを増してしまい。
それでと笠もない身を抱えもって飛び込んだのが、
シモツキ神社関わりのそれ、
町の外れの場末に据えられてあった、無人のお社だったが。
そこにいた先客が、選りにもよって…

 『おや、親分じゃねぇか。』
 『……ありゃりゃ。////////』

そちらさんも雨に降られたらしく、
坊さんのくせに神様の社に逃げ込んでいた、
ぼろんじの、もとえ…坊様のゾロという御仁。
日頃からもねぐらにしているものか、
乾いた格子戸の少し奥向き、
外からは覗き込んでも見つかりにくい辺りに腰を下ろしており。
濡れてるようだと案じてくれたか、
そちらはあまり濡れてはない、外套代わりの布を貸してくれたほど。
またまた奇遇から顔を合わせた二人としては、
とりあえず、雨がやむまで…と。
何とはなく腰を据えての、此処で落ち着くことになり。
取りとめのない話を取り交わしていたものの、

 「…変なんだよな、俺。」

ふと、不意に。
ルフィがそんな一言を、呟くような語調でこぼしたのが、
雨脚の狭間にポツリと落ちて。
変って?と、先を促すように坊様が視線を向ければ。
すぐ至近からのそんな目顔にはさすがに気づいてのこと、
うっとぉ…と やや口ごもった親分さんであり。
ちなみに、着物がすっかり湿っていたのでと、
風邪を引かないよう、頭や肩を拭った外套を大きく広げ、
一緒くたにくるまって暖を取ってる二人でもあり。
そっぽを向いたとてさして視線からは逃げられぬと、
そこは端
(ハナ)から諦めていたものか、

 「だから、だな…。//////」

胡座をかいてる足の上に座り込み、
ほてんと横様ながら
その上体を胸板へと凭れさせてもらっている身。
硬くてでも、心地のいい頼もしさが、
今日は何故だか、
ドキドキよりもホカホカを運んでくれての居心地よくて。
落ち着いているせいだろか、
いつものようなあたふたもしないまま、
ルフィとしては…素直なところというのが
すんなりと口まで運ばれてきており。

 「俺、最初はさ、
  ゾロみたいなカッコいい、
  頼もしい大人になりたいなって思った。」

 「…ほほお。」

気持ちいいな、何か眠いし。
ああでもダメだダメだ。
ゾロがせっかく寒くないようにって気を遣ってくれてんだ。
小さい子供じゃねぇんだから、寝ちゃってどうするよと。
そんなこんなをグルグルと考えてること自体、
既に眠りからの誘いを強烈に受けてる証拠。

 「そいでさ、そんなゾロんことカッコいい〜〜て観てたくて、
  きぐーとかで居合わせるのが嬉しいんだと思ってたんだけど。」

あ、今日のこれもきぐーだよな。俺たちそういう相性なんかなぁ?と、
くすすと笑いながら言うのは、
まんざらじゃあないと思ってるからなんだろなと。
お坊様のほうでも、
それこそまんざらでもないという気分になって、
余計な茶々は入れぬまま聞いておれば、

 「でもさ、何かさ、違うみたいなんだよな。」

 「……え?」

急にルフィの語調が、
やや考え込むような“う〜ん”という響きを帯びたものとなり。
なんだどしたと、
顔には出さぬがその実、分厚い胸の中でどきどきしておれば。

 「カッコいいなぁっていうドキドキが、
  いつまでもそのまんまなんだ。
  俺も負けねぇぞって方に盛り上がってくれねくて。」

 「……え? え?」

  今まではさ、
  サンジが与太者やっつけたとか、
  ウソップが何人お縄にしたかとか聞くと、
  俺も俺もって躍起になってたのにさ。

 「坊様へはそういうのがなかなか沸かなくてさ。
  惚れ惚れと見てるだけで、
  もうもう胸が一杯になるもんだから。」

これっておかしいよな?
カッコイイの方向が微妙にちょっと違うよなぁ…と
語尾がもしょもしょ、頼りなくももつれたそのまま、
くうくうとうたた寝に入ってしまった親分だったりし。

  そして、

  「〜〜〜〜〜。/////////////」

言うだけ言って寝ちまうなんて、ずるくねぇかよおいと、
何かの荒行でもそうそうたやすく潰れなかろう雄々しい坊様が、
真っ赤っ赤になって、困ったようにしゃちほこばってしまったそうな。

  格子戸の向こうでは、
  卯の花くたしがさあさあさあと静かに降り続き。
  皐月の明るい宵は、音もなく過ぎてゆくばかり…。



   〜Fine〜  11.05.10.


  *急な雨でちょっぴりくさくさしたもので。
   こういう時こそ、甘いお話をと思ったのですが、
   ウチのこの人たちのテイストの枠は
   なかなか破れそうになかったみたいです。
(とほほん)

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